吉野の歌人・前 登志夫先生を偲ぶ。。。

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かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり 



今日はちょっと・・・否、かなり真面目に辛い「短歌」に関わる話。。。

短歌月刊誌・「角川短歌・7月号」と「歌壇・7月号」をやっと今日近くの書店から受け取ってきた。
毎月購読と言う形で私のマンションのすぐ近くにある「すずや書店」で、私が取りに行くまできちんと預かっててくれる。(当然っか!)
「歌壇」は多分毎月15日頃入荷し、「短歌」は25日頃に入荷してるはずだが、すぐ傍!って言う割には中々取りに行かなくて、いつもこの頃に遅れて手にしている。
先ず、ページを捲る要もなく、二冊の表紙から「追悼・前登志夫・・・・・」と言う文字が目に入った。
ああ~ついに追悼号か!と思いながらパラパラっと捲りながら歩いて来た。
と、言うのは前登志夫先生が亡くなられたのは4月5日。約2ヶ月経ってからの「追悼集」だったから。
最近、著名な歌人が次々に亡くなられ、歌壇はまさに危機迫るものを、こんな私でも感じている。
そんな矢先の「追悼号」・・・・・・
「これは読まなくっちゃ!」と重く重く受け止めながら二冊の本をしっかり握りしめて帰って来た。

さて。

そのすべてを読みきった訳ではないけれど、「命あるものはいつか尽きる」のだと言う事実を今まさにここに突きつけられたような、何とも悲しい読後感を味わっている。


先ず。

「歌壇・7月号」から。
表紙を開くといつもの「セピア 写真館」にはモノクロ写真の中に「前登志夫」を囲む一枚があり、「結社・ヤママユ(前登志夫主催)の小谷陽子」が師に語りかけるような書き出しで追悼の言葉をを列ねている。
それは「歌壇」の2,007年1月から亡くなる2,008年4月までの間(全16回)「野生の声」と題する各10首ずつの巻頭を飾って来た前先生にふさわしい追悼号の皮切りであるかのようなページであった。
改めて今年の「歌壇」4月号の作品を読み返していると、恐らく最後であろうことを予感しておられたのではないかと思える10首が痛ましくてたまらない。

もの食むをゆるされたれど何ひとつ食いたきものの無き身となりぬ

寝返りをうつ底力まだあれや国のまほろば霜柱満つ

われはいま静かなる沼きさらぎの星のひかりを吉野へひきて


        歌壇4月号・野生の声16・「春のえにし」より


死の寸前、前登志夫はみずからを「沼」と化すことによって生への執念を断ち切ったのではないか。
「沼」とは底知れぬ深さと暗さを連想させる。しかし水面は恐ろしいくらい穏やかである。
そこには二月の星が降るように煌いていたに違いない。
生涯愛し、こもり続けた「吉野の山」に引き寄せた星の、そのひかりに包まれて眠るように逝ったのであろうか。
病に臥しながら最後の最後まで力を振り絞って詠んだ歌は、今後新たな歌集として出版されよう。
これこそ「前登志夫の底力」なのかも知れない。


そんな思いで読む二冊の月刊誌。
だが、私はここに「前登志夫論」を書き綴るつもりはない。不勉強の私が何を書いたところでお笑いぐさになりかねないのだから。
私には私しか知らない前先生との「思い出」があるのだ。随分古い話でいささか恐縮だが・・・(多分16年くらい前)
「宮崎県・綾町の照葉樹林を護る会(だったと思う)」のシンポジュームで、講師として「前登志夫・馬場あき子」の両氏が招かれた際の話。
その機会に宮崎の「現代短歌・南の会」でもお二人をおもてなしすることになって、楽しい一夜を過ごしたのであった。
その翌日の話。
当時私は自営業を営んでいて、他の会員の誰よりも時間が自由だったことから、前先生がお帰りになる飛行機の出発の時間まで、「宮崎の案内役」を仰せつかった。
朝、9時半にご宿泊先の「宮崎観光ホテル」にお迎えに行って、飛行機の時間までの午後3時くらいまで私の運転する車で前先生のご希望される場所へと案内したのだった。
その頃私は「歌人・大西民子」に夢中で大西以外の歌人には殆ど興味を示さなかった頃で、終始大西さんの話をし続けた。
嫌な顔もされず、私の話に耳を傾けて下さった前先生。
「あなたほど大西民子を熱く語る人に会ったことがない。大西民子と言う歌人は幸せな歌人だねえ~」などと言って相槌を打って下さった。
また、「私は大西民子を読んだことがないんだ」と言われる前先生に、身分もわきまえず「そうなんですかあ~?絶対読んで下さいよぉ~」なんて発言をしたことを後々穴があったら入りたいくらい、激しく後悔もしたのだった。
しかし、あのとき前先生は本気で私の大西論に耳を傾けて下さった証に、数ヶ月後一枚の葉書を書いて下さって、「実は今年の五月、詩歌文学館賞の授賞式で大西民子さんにお会いし(北上市二泊)あなたの熱烈な心情をお話しました」云々・・・が届いたのである。
私は天にも昇るような喜びで、またまた身分をわきまえることを忘れ、前先生のご自宅に電話を掛けてしまった。
そのとき、「あれから帰ってきて『大西民子』を読んだよ。確かにいいねえ~。あなたの言う通りだったよ」と言って下さったのです。
そして「今度大西民子論を『角川・短歌』に書くからね」とまで言って下さったことなども大きなきっかけになり、私はその頃から前先生の歌集を読み始めたのだった。
その後の「角川・短歌」に前先生はとても長い長い「大西民子論」を執筆しておられた。
その時の私の喜びようと言ったら何者にも替えられないほどであったのを今もはっきり覚えている。
前登志夫先生は名も無い、歌人の卵にもなり切れなかった私のような者の話に、しっかり、確かに耳を傾けていて下さったのだ。
そして、宮崎をご案内したお礼にと言って送って下さった、当時出版されて間もない著書・「吉野風日抄」は今も私の本棚に大切に仕舞ってある。


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「萩に照る月の出おそしあくがるる晩年にこそ神隠し来(こ)め」       

      大切な葉書の文字が滲んでしまっていた。。。



また、「歌壇・7月号」の追悼詠の巻頭を飾っている「岡野弘彦」の20首「挽歌 花醍醐」の中の一首に私は前先生を何故か身近に感じてしまった。


死者 生者 分かずつどへる花櫓(はなやぐら)。うたげの酒に酔ひ痴れて候

確かに前先生はお酒が大好きな方であった。と、いかにも知ったかぶりをしてるようだけど、一度しか直に会ってお話してない私でもそうと確信出来るほどの飲みっぷりを披露してくれたのだ。
あのときの先生は実においしそうにお酒を飲んでおられたのだった。
そしてそれは「追悼」として多くの歌人たちが生前の前先生について語る中に殆どその記述があることからも分かる。
「岡野弘彦」のこの一首、まさに前先生が今もおいしい酒に酔い痴れているようで、とても安堵してしまったのである。


「前登志夫の代表作」としてこのリンク先よりお借りしました。




かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり (『子午線の繭』昭和39)

地下鉄の赤き電車は露出して東京の眠りしたしかりけり (『子午線の繭』昭和39)

夕闇にまぎれて村に近づけば盗賊のごとくわれは華やぐ (『子午線の繭』昭和39)

暗道(くらみち)のわれの歩みにまつはれる蛍ありわれはいかなる河か (『子午線の繭』昭和39)

さくら咲くその花影の水に研ぐ夢やはらかし朝(あした)の斧は (『霊異記』昭和47)

狂ふべきときに狂はず過ぎたりとふりかへりざま夏花揺るる (『霊異記』昭和47)

杉山に朝日差しそめ蝉のこゑかなしみの量(かさ)を湧き出づるなり (『霊異記』昭和47)

三人子(みたりご)はときのま黙し山畑に地蔵となりて並びゐるかも (『縄文記』昭和52)

雲かかる遠山畑と人のいふさびしき額(ぬか)に花の種子播く (『鳥獣蟲魚』平成4)

夜となりて雨降る山かくらやみに脚を伸ばせり川となるまで (『青童子』平成9)







この記事へのコメント

2008年06月29日 22:10
 さよちん、懐かしい先生との思い出は、何物にも代えがたいものなのでしょうね。そんな素晴らしい思い出のある先生がお亡くなりになった、とはさぞかし残念なことでしょう。
 いつかはひとはいなくなるもの、というのは仕方ないことなのでしょうが、淋しいことでしょうねえ。
さよちんよりなおさんへ
2008年06月29日 23:03
なおさん、早速来てくれてありがとう。さっきから裏方に入って記事の修正してたの。前先生が亡くなっちゃったの。歌壇4月号の10首を読んだとき、ああ~前先生は死んじゃうのかなあ~って思ったことがあったの。
それから間もなく訃報を知らされたんだ。凄い大物歌人だけど、考えてみたら私の話を良くもあんなに真剣に聞いてくれたなあ~って、今は尚更感動してる。大酒飲みの前さんだけど、あの一日・・・??5時間半?ご一緒できて私は良かったなあ~、としみじみ思ってる。
もしかしたらこんな面があることを他の誰も知らないかも・・・
風の旅人
2008年06月29日 23:36
話の上手なさよちんさんだけに、先生も聞き惚れたのでしょう。
そんなに素晴らしい人なら、一度読んでみようと思うのは誰も一緒ですが、実行して批評文まで出すとなると、これはなまじっかの努力では出来ないなあ

田舎に来て貰って、一緒に過ごした宮崎の5時間
人の出会いって面白いですね。

想い出を胸に追悼文を読んで、また涙を流したことでしょう。
ソナチネ
2008年06月29日 23:43
さよちん♪
今日のブログは短歌に内容だね。
私は短歌はわからないからコメントできないけど前登志夫先が
素晴らしい先生ってことは充分にわかりました。
本は先生の直筆ですか。さよちんの宝物ですね。
いつまでもさよちんの中で行き続けるでしょうね。

今日は楽しかった。母と一杯おしゃべりして笑った。
私は女兄弟がいないからね。
母が「あとどれだけ生きれるかなあ」って笑ってました。♪
季実花
2008年06月29日 23:52
さよちゃん、素晴らしい追悼文ですね。
短歌のことは何も分からない私ですが、
歌壇4月号・野生の声16・「春のえにし」よりの三首を読んで心にグットきました。
何故だか涙が・・・奥の深さと心の深さを感じた私です。
心の痛みが伝わってきました。

人は2度死ぬって言われます。
1度目は肉体の死、2度目はその人を知る全ての人がその人のことを忘れたときだそうです。
さよちゃんの心の中で何時までも行き続ける先生ですね。

こんな風に生きている「さよちゃん」だから、いつまでも素敵で輝いているのね。
可愛いピュアな人って思うのは私だけじゃないと思います。


2008年06月30日 00:03
さよちん
淒~~い。本当に凄いとしか言いようが無いですね。
6月号は一斉に前登志夫の追悼特集ですね。
前さんに生前お逢いして、親しく言葉を交わしたさよちんならではの追悼文ですね。否、お逢いしたばかりではなく、前短歌を熟読しているさよちんならではと思いました。
吉野の資産家に生まれ、さよちんの冒頭に揚げた一本の樹歌は、前登志夫の世界を開示する象徴的な樹だって言われているみたいね。難しいことは良く解らないけれど、私も一度お逢いした事があるの。短歌大会の時講演をお聞きして夜は懇親会。どういうわけか、席へ伺ってお話を聞いたり・・(さよちんみたいに大西民子論ををなんてとんでもないです。)そしてどんな弾みにか数人と記念撮影まで。今は大切な思い出になりました。
私もちょっぴり書きたいと思っていたところでした。お陰様で、ささやかな追悼の気持ちを捧げることが出来ました。
華.クラゲ
2008年06月30日 00:44
さよちん.又オッハようだね 一通り読ませて貰ったけど正直短歌の方は良く分らないれど 宮崎での前登志夫先生に言った「大西民子」を絶対読んでくださいよと言ったさよちんの勇気と言うか怖い物知らずと言おうか 返せばそれ程「大西民子」を敬愛してたんだね それに前先生も人としてもご立派な方ですね、名も無い歌人の話を真剣に聞いて下さって 後日談が又凄い事に成ったじゃないの「角川短歌」の話にまで きつと其の時のさよちんの熱意が前先生にも伝わったんだと思う いい仕事したね
nore
2008年06月30日 06:22
暗くなりそうな話もさよちんの情熱に救われます。
人は思い出とともに生きているのでしょうね。
永遠に残る何かがあるって、すごいことです。
凡人は淡々と過すのみです。
さよちんより風さんへ
2008年06月30日 10:39
昨夜はなおさんにコメント書いた後、「喪」に服してた。('-'*)フフ・・
ま、それは嘘じゃけんど、何だか疲れちゃって書けなかったんだ!
ごめんちゃいm(._.*)mペコッ!そしたら沢山コメントが入ってた。
皆さん、(S子さん以外)短歌作らない人たちなのに優しいね!
前先生は亡くなっちゃったけど、私をこんなに理解してくれた大切な一人です。今、持ってる歌集を大切に大切にする。
さよちんよりソナッチへ
2008年06月30日 10:45
昨日はママと一緒で良かったね!また西本知実さんの指揮コンサートだったんだね!私は遠い遠いところまで免許証更新行ってきて疲れた。
朝から行くはずだったのに(私は6時半起床)娘が8時に起きた~なんて電話してくるからああ~あ~もう午後からやわ、って諦めた!
後10分早かったら午前の受付に間に合ったのになあ~。
ま、いっか!もう終わったから。次は5年後だよ。
そんときはもう免許証捨てるゎ。。。(⌒▽⌒)アハハ!
前先生はすっげえ~大物歌人。月刊誌全てが追悼号なんだよ。
これからもどんだけ語られることか・・・
さよちんより季実花ちゃんへ
2008年06月30日 10:52
季実花ちゃん、おっはよぉ~~~~~~~~!!!!!
早速のコメントだったのにこんなに遅くなっちゃってごめんね~
m(。_。;))m ペコペコ…許してたもぉ~れ。。。
昨日はなんか疲れてたんだよぉ~。前先生のことに全集中したせいかな?
全身全霊傾けて一生懸命書き綴ったから・・・

人は2度死ぬって言われます。
1度目は肉体の死、2度目はその人を知る全ての人がその人のことを忘れたときだそうです。

そうなんだ!じゃあ~前先生は何百年も生きてるわ。だって絶対誰も忘れないと思うから。。。これからも短歌専門誌で図う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っと書き続けられること間違いないから。
私も爪の垢でもいいから飲んでそうなりたいわぁ。でも無理じゃ!
季実花ちゃん、本当に本当にありがとぉ~m(。_。;))m ペコペコ…
さよちんよりS子ちゃんへ
2008年06月30日 11:01
S子ちゃん、おっはよお~!!そうだよねえ~前さんはあれだけの方だから全国何処にも講演してたと思うから全国に前先生とお話した人はどっさり居るだろうねえ~。私も写真いっぱい撮ってるんだよ。でもそれまではアップしなかったけど・・・これは私の大切なものとして取っておく。
歌壇4月号の短歌を読んだとき、ちょっと心配してたの。
そしたら間もなく・・・だったもんねえ~。私がお会いした著名歌人がみんな死んでしまう。。。悲しい・・・@(/ェ・o)@クスン・・・
そうだ!近々大西さんのお墓参りしようと思う。車さえあれば一人でも行けるもん。そんなに遠くないんだよ。頑張って行って来る。
さよちんよりクラゲちゃんへ
2008年06月30日 11:08
クラゲちゃん、おっはよ!昨日無事に免許証更新してきたよ。
次は5年後だよ。雨の中遠い遠いところまで行ってきた。

宮崎での前登志夫先生に言った「大西民子」を絶対読んでくださいよと言ったさよちんの勇気と言うか怖い物知らずと言おうか ・・・

全く怖いもの知らずと言うか、馬鹿と言うか・・・(T△T)
でもね、当時は大西さんしか私には居なかったのかもぉ。。。
初めて大西さんの歌集を読んだとき、小説読んでるように泣きながら読んだの。もう、大西さん以外、見えなくなっちゃった。
そっからが大西さんとの出会いだと思ってる。宮崎から埼玉県の昔「大宮市」と言うところまで訪ねて行ったんだよ。あの情熱は何やったんやろ。
でも今もその情熱はあるけん。。。
さよちんよりnoreさんへ
2008年06月30日 11:11
noreさん、今雨降ってないよ。今日はウォーキングしないの?
私もね、一昨日8階の長友さんと歩いたんだよ。スニーカー履いて。
40分くらいだったかな?今日は部屋の大掃除したい。
前先生は亡くなったけど、みんなの心の中に生きてるんだよ。
2008年06月30日 11:35
さよちゃ~ん今日は休みなの~?
(゚_゚)パチッ!何だか難しい・・・でも
「かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり」
の歌が好き!って軽いコメントで<(。_。)> モウシワケナイ
さすが!文学少女(一応)のさよちゃんですね。
此れからもいい歌を詠んで楽しませ下さいね♪
亡くなられて寂しいけれど其れが先生の供養にもなると思います。
さよちんよりこのちゃんへ
2008年06月30日 11:41
うん!休みだよぉ~O(≧▽≦)O ワーイ♪今から大掃除したい・・・って言いながら一日が終わっちゃうかも。(⌒▽⌒)アハハ!
でも今日はやるじょお~U\(●~▽~●)Уイェーイ!
このちゃんもお休みなの?あ!それからこのちゃんのブログにあったコメントでさ!「さよちんの初体験聞きたい」って何の初体験?あれの?
(〃^∇^)o_彡☆あははははっ!あれの?って何や!おっかしい~。
あ!前先生への追悼のつもりで書いたブログにこんなはしたないこと書いちゃって顰蹙ものかも・・・前先生、ごめんなさいm(。_。;))m ペコペコ…
2008年06月30日 12:00
さよちゃん(`□´)コラッ!
あ、先生すみません!

今から素顔で素麺茹でます。
さよちんよりこのちゃんへ
2008年06月30日 12:03


あ!すぐ引き返してくれたの?《《《《♪♪(*´▽`*)ノ゛うふふ~

このちゃん、何度もサン(* ̄◇ ̄*)ラ(* ̄・ ̄*)ブ(* ̄〓 ̄*)チュッ♪

nore
2008年06月30日 18:41
天気て意地悪だね。
今朝、雨が降ってるから、散歩をやめたら、止んでしまった。
先日は少しぐらいならと出掛かけるた。土手にあがると強い風に横殴りの雨。傘も役に立たず、早々に退散。
お天気を自由に出来たら、もっと楽しいことが増えるのに・・・
さよちん、何とかしてよ
華.クラゲ
2008年06月30日 18:55
さよちん、こんばんわ 先ほどはどうもです さよちん、若いねぇ 若いわぁ 声。が 嘘を付いてたので謝らなきゃ 実はさよちんのお姉さんの№1と№2との間に「私」でした ごめんなさい  大して変わらないから ま。いいか オマケきょぅの長崎は真夏のような青空でしたよ 明日も同じ様な晴天だそうです、  でわ
さよちんよりnoreさんへ
2008年06月30日 18:57
noreさん、今日は雨降らなかったよ。こっちは朝も降ってなかったし。

さよちん、何とかしてよ

うん!何とかしてあげる。チチンプイプイプイ~~~

noreさんの上に雨を降らすな!!!

これで明日から思いっきり散歩できるよ!

行ってらっしゃあ~い!!!

さよちんよりクラゲちゃんへ
2008年06月30日 19:02
こら!バラすな!(〃^∇^)o_彡☆あははははっ!!!
声も肉体も全てが若いんじゃ。クラゲちゃんも若かったよ~。
ま、あんなもんかな!(・-・*)ヌフフ♪今日は大掃除をしたけど約、5時間かかった。だってノラリクラリやってたから。間で洗濯物干したり、ブログにコメントしたり、電話で喋ったり・・・etc。。。
へ!?私の二人の姉の間?ってことは・・・ひぇえ~っ!!!!!!!
80歳超えてるの!?うっそぉ~~~!!!!!!!
あ!姉は70代やったゎ。《《《《♪♪(*´▽`*)ノ゛うふふ~
2008年06月30日 20:51
さよちんの大西民子さんに対する真摯な思いが伝わって良かったね?
「命あるものはいつか尽きる」と言っても、自分の最期を沼に例え、終の棲家となった吉野山に・・・凡人には真似が出来ないね?
>>もの食むをゆるされたれど何ひとつ食いたきものの無き身となりぬ<<
辛いね!
さよちんより愛ちゃんへ
2008年06月30日 21:13
愛ちゃんこんばんわ!コメントありがとうm(._.*)mペコッ
あのとき前先生と折角一緒に5時間余り過ごしたってのに、私ったら前先生の短歌には全く触れずに、大西さんのことばっかり喋ってた。
全く、シツレイセンバンナ話やわ。今考えると・・・
でも当時は大西さんオンリーやったから。私は・・・
でも良くこんな私の話を聞いてくれたよねえ~。嫌な顔一つせず。
すっげえ~大物なのに・・・今考えると恥ずかしいゎ。。。
2008年06月30日 21:35
>前先生は何百年も生きてるわ。だって絶対誰も忘れないと思うから。。。
さよちんさんがここまで言うのだから、よっぽどすごい先生だったんですね。
そんな先生と親しく話をする機会があったのは、さよちんさんにとって一生の思い出になりますね。
しかもさよちんさんの話を真摯に聞いてくれ、ご自分もさっそく読んで「大西民子論」まで書かれるなんて!

記事の最後の10首(代表作?)と、晩年の歌が随分違うのに素人ながらビックリしました。晩年のものは、やはり鬼気迫るものがありますね。
さよちんよりカンツォーネさんへ
2008年06月30日 21:45
どうもありがとう。そうです!前先生は凄い方なんです。
もう生前から歴史に残る方です。そんな大先生と一緒に宮崎を歩いたり、車で移動したり、きっと死ぬまで忘れないわ。もしかしたら前先生のこんな部分があったなんて人は知らないかも知れない。
でも、もしかしたら誰にもそんな先生だったのかも知れない。
それは私には分からないの。。。とにかく人間は必ず死んじゃうのね。
お酒が大好きだったから「肝硬変」だったの。ご自宅で亡くなったのでそれは何よりお幸せだったのでは無いかと思います。
カンツォーネさん、どうもありがとうm(。_。;))m ペコペコ…
みいママ
2008年06月30日 22:25
素敵な思い出ですね~さよちんさんってスゴイ!
凄い!スゴイ!
さよちんよりみいママちゃんへ
2008年06月30日 22:34
凄い!って、凄いのは前先生でしょう。。。
こんな私の話に耳を傾けて下さって、しかも全て実行してくださったのは前先生だもの。私は凄いんじゃなくて、世間知らずと言うか、怖いもの知らずかア!(* ̄○ ̄)( ̄о ̄*)ホ!!や。でもみいママちゃん、ありがとう。
2008年06月30日 23:13
こんばんは。
なんだか凄く真面目なお話でさよちんさんの哀悼の気持ちが伝わってきます。前先生と直接お会いして親しくお話できて素晴しい想い出でですよね。大西民子さんへの傾倒振りをニコニコしながら優しく聞いてくださって懐が広い方なのですね。
それにしても最後を察しておられての歌は何ともいえない無常のような静寂さを感じてさすがだな~と思いました。惜しい方を亡くして歌壇もだんだん寂しくなっているようですね。又新しい才能が出て来てはいるのでしょう・・・・が、どんな世界でも世代交代には寂しさがつき物ですね。
「夕闇にまぎれて村に近づけば盗賊のごとく我は華やぐ」はなんとなく惹かれる歌です^^。

海のはなし
2008年06月30日 23:22
いい人は旅立たれた後に、見送った人にいい
想い出を残してくださるんですね。
るすばんなら、時計の針を見て待っていられるけど
残されてこの世を生きつづける身にとって、その時計
には針自体が無いですからね。
心の中にある『針の無い時計』は時々逆行し、
もっと頑張れ…あまり無理をするな…などと
今を生きつづける身を勇気付けてくれるんですね。
2008年07月01日 06:57
さよちんのチチンプイプイのおかげで、散歩が出来たよ。
9,745歩。1万歩ときった日は快調なんだ。調子の悪い日は歩幅も小さくなるんだろうね。
さよちんよりのろさんへ
2008年07月01日 07:49
のろさん、おっはよ!タッチの差で昨夜はパソコン切ったような気がする。ごめんねえ~。海さんもその後に来てくれてるんやわあ~。
前先生は本当に嫌気もささず聞いてくれてたんだなあ~って言うのが分かったとき、すっごくうれしかった。しかもここまで実行で示してくれたでしょう?その後の前先生の「大西民子論」掲載号、今度改めてその本を探し出して読み直そうと思ってる。なにしろ数百冊の中から探さなきゃなんないから大変だけど、大体いつごろってのだけはぼんやりながら分かるから・・・。私は短歌月刊誌を4冊取ってた時期が長いから、すっごい量の古い古い月刊誌がどっさりなの。各誌で誰かかれかの「特集」やってるから捨てられなくて・・・大事なページだけ切り取ってファイルしなきゃ大変だよ、って教えてくれた人が居たけど、それをやってないから本棚はいっぱい。のろさんが惹かれるって言った前先生の一首、確かにね!
さよちんより海さんへ
2008年07月01日 07:58
いい人は旅立たれた後に、見送った人にいい
想い出を残してくださるんですね。

うん!そうかも知れない。あれだけの大家の前先生の宮崎案内が出来たこと、私は最高の幸せ者だったのかも。。。当時は前先生も私も今よりずっと若かった。前先生は享年82歳だと思うの、確か・・・
煙草が好きでお酒が好きで、酔っ払うとややHなことも言う先生だったけど、先生の熱烈なフアンが当時の仲間に居て、ヤキモチ妬かれたりしたんだよ。ア!(* ̄○ ̄)( ̄о ̄*)ホ!!やわ。あの人・・・忘れもせん。
もし海さんに時間があったら「前登志夫」で検索して欲しいなあ~。
その内全歌集が出るような気がする。そのときは初版刷で即刻買っちゃう。それがあれば安泰だもんね!楽しみに待ってるよ。
昨夜は海さんが来てくれるちょっと前にパソコン切ったかも・・・
さよちんよりnoreさんへ
2008年07月01日 08:01
曇ってるけど、歩けたんだあ~。良かったね!
歩くって身体にいいんだもんねえ~。私も歩きたい・・・
(〃^∇^)o_彡☆あははははっ!!8階の長友さんと一緒に歩くよ。
会社から帰ってきてから。今日から早や7月だ。
これから暑くなるね!noreさん、身体にはくれぐれも気をつけようね!
2008年07月01日 09:27
素晴らしい先生とのお別れは、さぞかしお辛かったことでしょうね。
先生はとても解りやすいお歌を詠まれるかたなのですね。
素人の私にもよく伝わってきます。
友人が、さよちんさんと同じく長年短歌を続けているので、今度お二人に先生のことを話してみますね。
さよちんより夢子さんへ
2008年07月01日 19:34
さよちんさんへ ってHNだったので誰かしら?と思っちゃいました。
夢子さんだったのねえ~。お友達に短歌をされる方がいらっしゃるんですか?是非!話してあげてください。今日はもりがとお~。
今さっき帰ってきたんだよ。駅まで行って会社に忘れ物。また弾き返しちゃった!お陰で遅くなっちゃった!
2008年07月06日 09:01
本当はこちらに最初のご挨拶をコメントすべきでしたのに、昨日さかのぼりすぎてしまいました。植物の名前が気になるので・・・会員200人の結社とは凄いです。私はたった28人のミニ結社を主宰しています。
前先生の記事をupしたおかげでコメントいただき御礼申し上げます。
4年中断されていたということは、相当前からブロガーだったのですね。
私は満5年とすこし・・・
私の歌は恥かしいのでほんの僅かしか出していません。公民館歌会の生徒さんの作品は毎月発表し、30回くらいになりました。私と生徒さんの歌は町の広報紙には毎月掲載されています。7/12には地方紙のミニ誌のコラムを依頼されましたので出るはずです。ささやかなものです。
歌誌は、年一回発行で19号を昨年出すという恐ろしくスローペースです。
今後ともよろしくお願いします。
さよちんよりmatsubaraさんへ
2008年07月06日 09:28
おはようございます。何が縁でお知り合いになるか分かりませんよねえ~。私もお陰さまでしたぁ~。これをご縁に今後もよろしくお願い致します。それから・・・

4年中断されていたということは、相当前からブロガーだったのですね。

違います!違います!それは短歌のことです。このブログは始めて2年数ヶ月ですよ。以前、一度立ち上げてましたが一年弱で解除して、この「きまぐれさよちんブログ」は二度目なんです。
そして短歌の方は初めて短歌に出遭って、歌集を一冊出した後(10年目に)1~2年で一度挫折しました。それから11年経過・・・
再び短歌を始めてただ今4年目に突入と、言うことです。

ところで、「私はたった28人のミニ結社を主宰しています。」

勉強をするにはこのくらいの人数が一番いいかもです。
私も都内の歌会は会員は100名余りのようだけど、歌会に参加するのはいつも14~5人くらいで、とっても有意義な歌会です。
さよちんよりmatsubaraさんへ2
2008年07月06日 09:29
しかも一回の歌会で出詠作品は5首前後、と言う決まりですが、私は厚かましいから10首出しちゃいます。《《《《♪♪(*´▽`*)ノ゛うふふ~
7月に歌誌が出ますが、それは15首なんですよ。
歌のご指導されてるんですねえ~。皆さんのお歌、後で読ませて戴きます。「短歌」をクリックすればいいんですよねえ~。
matsubaraさんは19年に「つきみそう」と言う歌集を出版されたんですか?じゃあ、出版されたばかりですねえ~。私は15~6年前だから相当昔です。でも中断しちゃったしで、それっきり。また第二歌集、頑張らなきゃ!と気持ちだけはあるんですが・・・
さよちんよりmatsubaraさんへ3
2008年07月06日 09:43
matsubaraさんは19年に「つきみそう」と言う歌集を出版されたんですか?じゃあ、出版されたばかりですねえ~。

と言う、上のコメント、とんだ間違いでした。
19年前だったんですねえ~。ごめんなさいm(。_。;))m ペコペコ…
たった今、matsubaraさんのブログへ行って確認してきました。
ホントにおっちょこちょいでごめんなさい。
大先達者の方に申し訳なかったです。本当にごめんなさいね。
2008年07月06日 21:50
長いお返事いただき恐縮です。
大先達ってとんでもない。只馬齢を重ねているだけです。短歌に集中していませんので・・・歌人以外の知り合いの方が多いし・・・
ブックマークに入れさせていただきますね。
高嶺歌会の方は毎年上京しています。新年だけですが・・・
そこでは一人1~2首です。他の結社とのつきあいがなくてわかりませんでしたが、こちらで少し知ることが出来ました。
さよちんよりmatsubaraさんへ
2008年07月06日 22:17
こんばんわ。今日は間違いコメントだらけで、もうどうしようかと思いました。自己嫌悪しきりでした。本当に次から次と申しわけなかったです。
私の結社は北海道なんで、北海道へ歌会参加と言うのは不可能ですから都内の結社にもう一つ参加させてもらって勉強させて戴いてます。
主催者は福島泰樹さんです。月に一度、皆さんと一緒に参加です。
matsubaraさんの結社の方々の歌を拝見しましたが、皆さんかなり熟練者と思いました。一度挫折した短歌でしたが、今は二度と手放さないと思ってます。また来てくださいね!今日はありがとうございました。
ほととぎす
2009年05月19日 23:05
前先生がすきでご本を16冊溜めました。吉野のそま人から見た吉野の
様々な魑魅魍魎は、先生を蛍にしたり獅子にしたりムササビにしたのでしょうね。
生きとしいける者の原初を語っていましたね。一度お電話でお話させて戴きました。
凄く酩酊しておられ話は弾み楽しいでした。寂しいです。
さよちん
2009年05月19日 23:55
ほととぎすさん、コメントありがとうございます。
前先生は全く偉ぶったところがなく、私の一人勝手な話にひたすら耳を傾けていて下さったのです。その証がここに書いてることにつながってます。
本当に、ふっと思い出すたびに寂しいものがこみ上げてきます。
一日の中の数時間、ご一緒できてとっても良かったです。
忘れませんから、私。前先生は偉大でした!メッセージありがとうございます。
またおいでくださいね!
2012年09月01日 09:10
貴殿がお書きの前川氏の「「角川・短歌」に前先生はとても長い長い「大西民子論」を執筆」は角川短歌は何年何月号なのでしょうか。メール頂けたら幸甚です。
 kazuyuki702@kir.biglobe.ne.jp(石川ロウ)
さよちん
2012年09月01日 17:57
ロウさん、こんにちわ。初めまして。。。
何年何月号・・・はてさて、これは本棚をひっくり返すくらいの勢いで探し出さねばなりません。笑 実は数ヶ月前、本棚を隣室へ移動したさい、手伝ってくれた家族がどうでもこうでも本を収納してくれて私にも本棚の中がしっちゃかめっちゃか状態です。でも、先ず前先生か頂いた書籍に先生直筆の葉書を挟めているので多分、多分・・・平成4年頃だったのでは?と、思い、平成4年の角川短歌を引き抜いているところですが。。。これも中々進みません。
もう暫くお時間ください。私も読み返したい気持ちが充分にあるので探してみます。申し訳ございません。メールはそのときに。。。
2012年09月02日 15:31
イヤイヤ、真にお手数をかけて申し訳ナイ。但し大西民子と来れば盛岡の私の専門分野だ。小耳にしてただすますわけにも行かない。待っている。盛岡の大西民子の歌碑の写真はご覧じたか。以前国会図書館の雑誌記事検索機能で直ぐ引けたモンだが最近腕が鈍った。たのむ。タノム。