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zoom RSS 人前では勿論・・・絶対泣かない私が泣いてしまった。。。話(T△T)

<<   作成日時 : 2008/11/17 14:55   >>

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おいしそうな湧き水がちょろちょろちょろちょろ・・・・・・

        流れてました。飲んだらちょっと甘みがあっておいしかった!




ところで。

読む本が何にも無くなっちゃいました。
手元にあった東野作品「悪意」もとっくに読み終わったし・・・・・・・・・


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先に書きます!

今日のブログもまたまた長くなっちゃった!無理して読まないでください。
文才が無いから長くなるのです。コメントはどうでもいいですから・・・
ここへ来て”うわっ!ながっ!”って思ったらさっさと閉じてよそへ行った方が身のためです(笑)
だから私のひとりごとだと思ってください。
息子を詠った記事中の歌は「夜のペンギン」と言う私の第一歌集に収めました。
随分昔の話です。



父と住む母と住む子に分けられて会うは稀なるわれの二人子

さて。

今日のブログの記事は元々読書について書くためにパソコン開いた訳じゃないんだよね。
先日、息子の小学校5年生の頃の”生声”テープ。
実はあれにはしみじみ泣かされたんだよねえ。ゆうかとお嫁ちゃんが帰った後の話。
でも、長くなります。無理して読まなくていいですよ。
だってね、あの頃の息子は私とその妹と別れて暮らしてた頃なんです。
彼の両親である、私と父親は離婚してしまったから。
息子は父親に、娘は私に・・・と言う、とんでもない不幸を背負わせてしまった張本人の私です。
父親は私との離婚を経た数ヵ月後に再婚しました。

母われに会うを許さぬその父が夜の果実店に苺えらびおり

息子は新しい母親と実の父親との間で新たな幸せを得たかに思えてたのに、その新しい母親が生死を分かつ病気に侵されてしまったのです。
入退院の繰り返しだったようで、それでも息子を私の手元に連れて来ることを拒否した二人の親は小学校4年生の息子を父親の兄に当たる(息子にとっては叔父)人に預けました。
その叔父は父親のすぐ上の兄で、息子のことをそれはそれは大事に預かってくれていたようです。
その時期がこの生声テープの時期と重なるのです。
息子のあの声を聴いてると何の卑屈さも感じない堂々とした声で、いかにその叔父が愛情持って預かってくれていたかを伺い知ることが出来ました。
その後、息子が中学校入学を前に再び父親の元に帰され、息子は家から近い宮崎市立中学校へ入りました。
しかし、新しい母親の入院生活は続き、以来ずっと父子家庭のような生活が続いていたようです。
息子にとっての新しい母親は教育熱心で、息子に対しての愛情もそれはそれは深かったと聞いています。
先日の息子の「10年後の僕」にあった「貯金を500万円貯めて、お父さんとお母さんに100万円上げたい」と言う母は新しい母親と言う意味です。
残念ながら私のことではありません。また当時の先生の直筆の手紙も息子の境遇を良くご存知だから、心を込めてあの励ましの手紙を書いてくださったのでしょう。。。

私と娘は息子が中学校の部活でサッカー部に居ることを知り、彼の中学校のグラウンドに車を走らせ、遠巻きに息子を見つめていたことが何度となくありました。

その父に隠れてわれの少年が訪ね来しより心騒だつ

眼裏の汝(な)はいつまでも幼くて折ふし会いにゆきたしわれは

その父が娶りし人を母と呼ぶ 別れてのちの吾が少年は

身の丈のかくあらんかと別れたる子の思わるる少年の群れ

この辺り吾が子住めると聞きくればどの子も親しすれちがうたび


そんなある日、息子が歩いて私の家を訪ねて来たことがあります。
砂埃を浴びながら、多分1時間以上は歩いたと思われる距離を私やその妹に会うためにひたすら歩き続けたであろう息子を見て、心の底からうれしかったのは言うまでもありません。
しかし、誰にも秘密だった息子の行動はすぐさま彼の父親に知れ、あっと言う間に連れ戻されてしまいました。
そんなことがあってから数年後、息子が県立工業高校・電気科に無事、受かったことを知りました。
離婚後の私がどんなに手元に取り返したくても父親が手放さない限り、息子に声を掛けたり、会いに行くと言うのは息子にとってこれほど残酷な話は無いほどの残酷な話でした。

会い得たるひと日を川に魚を釣る子を帰さねばならぬ刻まで

手を振りて見送りきしが少年のさびしげなりし背(そびら)忘れず


群れなして自転車を漕ぐ少年ら我の歩みを取り巻くごとし

連絡の絶えて久しき少年の身の丈父を越えんと聞けり



しかし、息子の新しい母親はその後病状が思わしくなく、彼が高校一年生の途中で亡くなったのです。
息子は悲しかったのでしょう。寂しかったのでしょう。きっと耐えられなかったのでしょう。
高校2年生に進級した直後、登校拒否をするようになりました。
そのことを知ったのは、彼の父親から連絡が入り、「○○が学校へ行かないんだ」と、落胆・・・絶望的な声だったな。
そんな声で電話をして来たからです。
「何で?」「分からん・・・・・」「じゃ、私のところへ連れて来て!私が責任持って叩き直す!」と言うことになり息子は晴れて(?)私の家で生活することになりました。

九年経て吾と住む汝れや寡黙なる少年になりて母を惑わす

向き合いて会話なすとき少年の未だあどけなし声もしぐさも

少年にともなわれ来し二羽の鳥われの知らざる人の名を呼ぶ

ほころべるジーンズ故意に着て出ずる寡黙なる子の行き先知らず

ドア越しに夜更けを眠る少年の暗き部屋より音楽洩るる


息子の登校拒否・・・・・原因は私にあります。「離婚」と言う私の行動から息子はどれだけ傷ついていたことか。
この登校拒否は息子が息子の声にならない声をそんな形で訴えて来たのだと思いました。
もしかしたらその時、息子は私と妹との生活に憧れていたのかも知れません。否、きっとそうだと今も思います。
つまり、息子は寡黙な父親との二人切りの生活がたまらなく寂しかったのでしょう。
そして味気なく思ってたのかも知れない。彼の父親の子供に対する愛情の深さは息子が誰よりも知ってたはずなのに、多分理論で片付かないものが彼の胸中にあったのでしょう。
登校拒否は息子の精一杯のSOSであり、精一杯の反抗でもあったと、私はずっと思っています。


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まあ、そう言うことで私は息子の登校拒否と対で向き合うことになったのですが、大変と言えば大変、当然と言えば当然の母親にしか出来ない、母親の私が腰を据えるしか無い日々を迎えました。
それから卒業するまでの三年間。そうです。息子は4年で高校を卒業しました。
私の家に来たのは高校2年生の5月でしたが、その一年間はずっと登校拒否が続き、留年を余儀なくされてしまったのです。

仕事より帰りきたれば木偶(でく)のごと眠りいて子のふてぶてしさは

無視すれば無視されしまま幾日もテレビゲームに子が明けくるる

立ち直らぬ子と決めている一教師揶揄してゆけりそば通るとき

理に合わぬ子の夢をまた真剣に聞いてやるなりゆとりある日は

登校拒否十日目の子に悲愴的な眼ざし向くる涙をためて

心弱くなりて涙の出ずる夜子が音もなく湯浴み終えたり

車より朝々降ろす校庭の子を見失う生徒の群れに



その一年間も、またその後も学校の担任の先生にはどれだけ助けて戴いたことか・・・
毎朝車で校庭まで送り、車から降りて教室の方へ向かう息子の後姿を確かめてから家に帰って来る私に、先生の電話が入るのです。
「今日も○○が来てません」って。その繰り返しでした。
こんなことでは先生が息子に匙を投げてしまうのでは無いかと、そのことばかりが私の頭の中を占めていました。
そんな気持ちを手紙にしたため、最後に「お願いですから息子を見放さないでください」と書きました。
そしたら即、先生から電話が入り「手紙読みましたよ。僕は○○には負けませんよ。これは長期戦になると思うからお母さんも覚悟を決めてください。我々が負けたら彼の思う壺。絶対負けられません!」
その言葉を聴いたときの私の気持ち・・・どれだけ安心し、どれだけ心強かったか、今でもはっきり覚えています。
以後、私は先生の指示に従い、先生のご協力に甘えながら、どっしりと腰を据えて息子と向き合っていきました。
学校の役員も頼まれたものを何一つ断ったことはありません。出来ることは何でも引き受けました。
特に私に出来ないことなど無かったし。そして、それが息子のためになる!と信じていましたから。
娘の高校入学と重なった時期がありましたが、当時は娘よりも息子、と言った生活でした。
娘は私を見ているので事情を良く理解し、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」の生活にしっかり協力してくれたんですよ。
周りの人の幾人はそんな状況を余程不憫に思ったのでしょう。「もう、学校辞めさせたら?」と言う声もありました。
辞めさせないためにこんなに闘ってるのに、と思う当時の私にはそれらがどれだけ無神経な言葉に聞こえたことでしょう。
しかし、私には逆に闘志みたいな気持ちが湧いてくるのでした。
こんな時、人の力は実に無力です。いや、無力と言うのは失礼な言葉でした。だったら「無責任」です。
自分の子供だったら本当に退学させてしまうんでしょうか。そんな疑問が私にはあったのです。
当然のことですが親が死に物狂いにならなければ子供を護ることは出来ません。

ひと日まじめに授業を受けて来たる子の声活き活きと犬の名を呼ぶ

母われを一喜一憂させながら留年生と呼ばるる吾が子

原因のわれにどうでもよくなりぬ子が少しずつ立ち直りつつ

水を得し魚のごとくに活き返り子が朝々を駆けて出でゆく

ずぶぬれの吾が少年の耳たぶの光の粒のようなふくらみ



私は息子を中退させないために仕事も家事も全てのものを犠牲にしていたと言っても過言では無いと思う。
勿論、それは当たり前のこととして捉えていた・・・と、言うかそうせざるを得なかったと言うべきかな。
あの当時の担任の先生も授業をほっぽり出して何十回、息子の行方を捜して下さったことか・・・
そんな息子でしたが、ある時期を境に登校拒否をすることが日増しに減って行きました。
留年と言う形で一学年下のクラスに編入されたと言うのに、息子は息子なりに頑張っていたのでしょう。
そうやって一年遅れの卒業式を無事に迎えることが出来たのです。
定時制高校の子供たちと同じほど学校に在籍した息子でしたが、あの日の息子は本当に晴れ晴れとした顔をして、ずっとニコニコと笑ってました。
先生方の苦心惨憺たる身上書作成のお陰で既に就職先も決まり、今の会社に入社するまでの時期を心穏やかに過ごしたのでした。
今は何も言うことはありません。しっかりと仕事をこなし(と、信じてる)、海外出張にも嫌な顔一つせずに家族のため、自分のために頑張ってる息子が幸せであればこれ以上のことは望みませんから。
今回、息子の幼い生の声を聴いて色んなことを思い出しました。
そしてつくづく思うのは、息子が登校拒否をしなかったら・・・・・・多分、今のように母と息子としての交流は生まれなかったのではないかと言うこと。
私は今こそ息子の登校拒否に感謝すべきなのかも知れません。
すぐ、近くのマンションに住み、お嫁ちゃんも息子の一人っ子のゆうかも優しいです。
娘は娘でご存知のように再びいい人にめぐり会って何とか新しい家庭に馴染んできていますし。。。
願わくは田舎に住んでる彼らの父親の老後だけは息子に真剣に考えて上げて欲しいと言うこと。
ま、息子もきっと考えてはいるでしょう。お嫁ちゃんもついててくれることだし。


この二年あまりを共に住み慣れて 慣れて来しころ子が旅たてり

こころ病む自分に深く苦しみし子が住むという東京は遠し

幾日も顔見ずその子の声がせぬ 慣れねばならぬこの空間に

乗り捨てしさまに自転車を立てかけて居なくなりたり吾が少年は

母われの身体いとえと少年の短き便り今日届きたり

東京をさみしき都市と書き寄こす今日の手紙の子を危ぶめり

吾が胎を出でし三月十四日すでにし決めていたる汝れの名





「夜のペンギン」と言う歌集のタイトルは・・・下記の一首から取ったもの。
どうでもいいことだけど、ね!



胸押せば音を奏でるペンギンの玩具が歩む夜更けの部屋に


私の何ともたどきない世渡りをいつも見ていた詩人、平成4年「H氏賞受賞者」の本多氏が付けてくれた歌集名です。






息子の「詩」の朗読「れんげ草の道」だそうな。






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コメント(32件)

内 容 ニックネーム/日時
さよちん、の、独り言を聞いちゃった、正に波乱万丈の人生つてこう言う事なのかなって「私の感想」ですよ、今の息子さんには程遠い人事の様な話ですね、さよちんも凄い人だし、高校の先生の「我々が負けたら彼の思う壺。絶対負けられません!」そこまで腹の据わった先生は中々いませんからね、一番大事な時期に良い先生に当たったのも息子さんの立ち直りの切っ掛けになったのではと思う、昨日の・「小5」・のテープもその様な事情の中でのあの作文、は、言葉に成りません、私事ですが「6才」の時に両親が離婚、父親に引き取られましたが父が
船乗りで家に居ない為、親戚を転々と・・まぁ私事はともかく、息子さんの事が人事とは思えない、さよちんもそんな家庭の事情が有るとは初めて知りましたよ、息子さんも娘さんも立派に成人して、さよちんは可愛いお孫さんも二人もいて幸せ者だよ。ガンバ、ガンバ 
華。クラゲ
2008/11/17 18:00
私も中学から母と私で暮らし二人で生活していました
父親のもとに娘二人を残して、苦渋の決断だったと思います
学校で問題児だった私をこれ以上と思っても事でしょう
事情は簡単物ではなく子供には重く一人では解決できず
根深い物で、本当の事を親にも話はしませんでした
学校内で何が起きているかを。。。
そんな口を閉ざした私の為に市の教育委員会の緊急集会に呼び出され
吊るしあげられても、非難されても耐えてくれました
最近この歳になって思う事は
私は母は山であり太陽であり大樹でもあります
そんな大樹である母が膝に手をついて、頭を下げる事だけは無い様
日々過ごしていきたいと思っています

母と同じ九州の女性であり、苦労もされ
何か重なるとこがあり涙しました
さよちん、お話ありがとうございました。
コウ
2008/11/17 18:38
こんなに長い記事を読んでくれたの?へっ!(・-・*)ヌフフ♪
でもありがとう。当時の先生の意気込みは凄かった。
卒業式の翌日、手土産を持ってお礼に行ったとき、校長室に呼ばれ、校長先生と2時間くらい話したの。担任の先生があれだけ授業をほっぽらかして息子のために奔走してくれたのは、この校長先生がそれを許してくれたから、だって知って、本当に驚いたの。私が必死だったからって言ってくれたけど。。。ま、これが波乱万丈とは思わないけど、その時はとにかく必死だっただけ。それより、最終的にはこんな逆境に負けなかった息子を褒めてやりたかったよね。ただそれだけや。クラゲちゃん、いつもありがとう。ペコm(_ _;m)三(m;_ _)mペコ
さよちん
2008/11/17 18:42
コウさん、こんにちわ!そっか!誰にも何がしかの辛いことはあるのよね。でも今、コウさんはしっかりやってるし、お母さんを大切にしてるし、何事も後を引きずらなければいいんじゃないかな。
これからも何が起こるか分かんないからねえ〜。やはり気をしっかり持って生きていかないと。コウさん、体調はいいんでしょう?
お母さんも九州の方だったわね。その後お母さんは大丈夫なのかな。
さよちん
2008/11/17 18:48
さよちん♪
息子さん朗読が上手だね。
アナウンサーになれたかも〜。
記事は今はところどころしか読んでないけど
あとでじっくり読む。

明日からブログ更新するぞ〜〜〜
恵比寿・銀座・渋谷に行って来たジョ〜〜〜。♪
ソナチネ
2008/11/17 21:12
あっちもこっちもコメント大変だからいいんだよぉ〜。
ナヌ?恵比寿・銀座・渋谷を闊歩したって?
大阪へ帰ってから言うんじゃないよ。
ま、ブログ更新、当てにせずに待ってるよ。(・-・*)ヌフフ♪
今夜はゆっくり眠りな!お休みいいいいいいいいい!!!
さよちん
2008/11/17 21:18
私も実は登校拒否ていうか、サボったというか、あります。そのおかげで、その後の人生は♪迷い道く〜ねくね〜♪
でも、今にしてみれば結果オーライていうか、決められたレールの乗らなかったのがよかったかもしれない。
タカオ君
2008/11/17 21:38
息子も同じこと考えてるような気がする。
つまり結果オ〜ライ?ただあの子が学んだことは「家族」の大切さ。
そして「出社拒否」なんてことにはならないんじゃないかな。
今では登校拒否否定型人間に成長してるから。(・-・*)ヌフフ♪
さよちん
2008/11/17 21:55
こんばんは。
そうなんだぁ〜さよちんさんの若い時の事ちょっと分かった気がします。
そんな事が在って今の幸せがあるんだから・・・子育て大成功ですよね^^。それにしても読み応えがありましたぁ〜♪
その時期折々の歌も心情が読み取れて余計推察できた気がします。
私などの平凡な子育てと随分違っていてちょっとドキドキしました。
夜のペンギンという歌集の中の歌はやはり若々しいですね。
それに息子さんのれんげ草の詩の朗読は澄んだ声に感情を込めていて素晴しいと感動しました! 詩は柔かな心が感じられて・・・やはり、さよちんさんの息子さんだわ\(^o^)/
いいお話を聞かせていただいてありがとうございました♪
のろばあさん 
2008/11/17 22:14
のろさん、長い記事でごめんなさい(o*。_。)oペコッ
o(*^▽^*)oあはっ♪だって文字数に規定が無いからさ!
今夜は結構寒いのよ、こちらは。夕方から冷え込んできたみたい。
何だかね、息子の声を聞いてるとなにもかもが懐かしいよぉ〜。
色んなことがあったけど、何とか今まで生きてるわ。
息子も今月末にはアメリカから帰国するの。お正月は全員集合だわ。
この記事やテープの声を聴いたら何て言うかな。
さよちん
2008/11/17 22:48
 さよちん、いい話を読ませていただきました。さよちんも息子さんもずいぶんと苦労されたのですねえ。
 でも何とか今、その苦労も報われつつあるというところでしょうか。

 まだちいさい頃の息子さんの声を聞くと、泣けてしまうというのも、おかあさんならではですねえ。
 お正月が楽しみなことでしょう。待ち遠しいですね。
なおさん
2008/11/17 23:39
ヾ(゜▽゜*)ノこんばんは♪さよちん姉さん。眠い目を擦りながらというか、殆ど眠りこけてしまいそうな状態でパソコンに向かっていた僕でした。寝る前に姉さんのとこに…、あれ、更新してる。「泣かない私が泣いてしまった。。。話」「長くなっちゃった!無理して読まないでください。」そんなこと言われたら、無理して読んじゃいます。読んでいく内に、目が覚めました。ウ〜ン、大変だったんだなぁ、姉さんの人生はドラマティックですね。狭間に置かれた思春期の息子さんの葛藤。きっと担任の先生も姉さんの息子さんを思う気持ちに動かされたんだと思います。必死に必死に頑張った結果オ〜ライ、誰も悪くなんかない。サイコ〜じゃないですか。僕なんか、甘い甘い、しかしこの甘さから脱皮できないんだなぁ。兎に角、これからは体を思いやって、長生きすべし!あ〜ぁ、目が覚めちゃった。どうしよう。
shige
2008/11/18 01:40
なおさん、こんちゃ!この長い長い記事を読んでくれたんだねえ〜。
ありがと!これ読むのって大変そぉ〜。(〃⌒∇⌒)ゞえへへっ♪
息子は苦労したけど私は苦労じゃない。自分が作った罪を一つでも償いたい・・・って気持ちがあったのかも。何かが起こると「これを乗り越えたら神さまが許してくれるかなあ」っていつも思うもの。
でも、絶対絶対やり抜くのでなければ意味が無いからどんなことでも必死に立ち向かうだけ。でも最近は歳取りすぎて思うような力が無くなったような気がする。困ったもんだ!
息子は何も言わないけどきっと辛かったと思うの。
でも、あの子は私の頼みごとは結構何でも聞いてくれるんだよ。
今月末には帰国するようだから今年の師走とお正月は全員近くに居ることになるわ。でも早く帰ってこないと何となく心配・・・
さよちん
2008/11/18 11:47
shigeさん、こんちゃ!「そんなこと言われたら、無理して読んじゃいます」o(*^▽^*)oあはっ♪そうか!そりゃしんずれいいたしやした。
人生何もないのが一番!平凡が一番!もっともっとドラマティックに生きてる人はどっさり居るよ。昨夜はのろさんへのコメントを書いたあと、パソコン閉じて寝ちゃったなあ〜。テレビの前に寝っころがってビデオ見てた。「風のガーデン」を5回分か6回分観ちゃった。
だから眠りに就いたのは何時だったのかしら。また夜更かししちゃった!
さよちん
2008/11/18 11:53
こんにちは。
そんなことがあったのですね。しっかり読ませていただきました。
さよちんさんと先生が見放さなかったから、息子さんも立ち直ったのでしょうね。 愛とは素晴らしいと改めて思いました。
息子さんもよく頑張りましたよね。
別れているのにもかかわらず、プライドを捨ててSOSを発して来てくれた父親にも感心しました。さよちんさんならきっと大丈夫だと思ってくれたのでしょうか。
子供たちの父親の老後のことまで考えてあげているなんて、さよちんさんはすごい。
それに比べたら私なんかアマチャンです。
夢子
2008/11/18 12:52
夢子ちゃん、長い長い記事を読み終えてくれたの?ありがとう。
そうなのよ、色んなことがあったけど子供には何一つ罪は無かった。
当時の先生が本気で力になって助けてくれたの。息子が行方不明になると私を家で待機させて先生が探し回ってくれたり・・・
時には夕方帰って来るはずの息子を部屋で待ってて体罰を与えたこともある。私も娘も耳を塞いで息子が殴られる音を聞いたもんだった。
もう地獄に近かったかも。でも、息子が悪いんだし、とにかく先生に任せている部分もあったしね。それらも全部全部最後であの子を立ち直らせるきっかえだったと思ってるの。今は全然大丈夫だよ。
さっきお嫁ちゃんと電話で話したら、今月末の帰国だったけど、今週の金曜日に急遽帰国することになったみたい。(´▽`) ホッ!うれしい。
さよちん
2008/11/18 13:57
これは じっくり 読まなくちゃ と 今になってしまいました。
大変な ご苦労 されたんですね。。 息子さんも 
短歌も 想いが こもってます。。 胸がしめつけられる 想いで読みました・・
息子さんに対する想いが 今も つづいているのが わかります。。
登校拒否されてた 息子さん。。 さよちん  先生  の 気持ちも伝わったんでしょうね。。
今 は立派に なられて  本当に よかった・・自慢の息子さんですよね。。

hiro
2008/11/18 20:28
さよちん:しばらくぅ〜〜
無理して読まないでください?
そんなこと言われたら、無理しても読んじゃうよ。
さよちんの人生は紆余曲折の連続だったんだね?
苦労した分、息子さん達が立派に成長されて良かった。
これからは幸せな老後が待っているよ!
愛ちゃん
2008/11/18 20:40
hiroちゃん、わざわざ時間をおいて来てくれたってこと?
まあ〜!!!感動!どうもありがとぉ〜。
うれしいわ。自慢するほどの息子じゃないんだけど、ま、ちゃんと生きてるからいいかな。と思ってる。子供時代が可愛そうだったけど結果的にはちゃんとしたからね!これからも何事もなくやってくれればいいかな?
と思ってるところ。
さよちん
2008/11/18 21:38
愛ちゃん、私もう老後なんだけどぉ〜
どないしてくれるんじゃ!愛ちゃん、今夜は珍しくパソコンの前に居るの?ひゃあ〜雪降らさんといてよぉ〜
さよちん
2008/11/18 21:41
 さよちんさん 今晩は! 久しぶりのコメントでごめんなさい。
 時々だけどお邪魔して写真を中心に動きを感じ取っていました。でも、さよちんさんが泣けてしまったという記事にはくぎ付けになりました。
 離婚によって子どもを離れ離れにしてしまった親御さんの嘆きは生涯続くでしょうね。私が退職後、息子を引き取った母親を長女と次女の子供の顔が見たいと言う訴えに、その子が在籍する学校長に相談し、学校内で数回逢わせてもらったことがありました。その後逢えないようです。両親も子ども達もいつも心にやるせなさが残っていると思います。
 不登校の息子さんを立派に立ち直らせたのは、やはりさよちんさんの責任感あふれる意気込みだったのですよね。さよちんさんは、不屈の努力が報われ心の充実を生涯得ることができて幸せですね。息子さんも偉い、立派です。作文の朗読も素晴らしい。息子さんはお父さんの老後の世話もしっかりされることでしょう。
 私が戴いた「夜のペンギン」探してみましょう。
 
 
村さん
2008/11/18 22:07
村さん、オヒサ!((( ^^)爻(^^ )))オヒサ!私こそご無沙汰でペコm(_ _;m)三(m;_ _)mペコです。
いつの時代も離婚は後を断たないようだね。一生夫婦で居られる人を私は心から尊敬してるの。あの当時は確かに大変だったかも・・・
でも息子も苦しんでたしねえ〜。卒業させられる自信なんて全然無かったんだよ。でも、一日でも長く学校に在籍させることだけは絶対的に考えてた。息子も辞めるとは言わなかったし。最後の学年の1週間前に辞めても中退。2年で辞めても中退。同じ中退でもなるべく学校に在籍する時間を持たせてやりたかった。そんだけ苦しんだことがその後のあの子の人生に絶対役立つと思ったから。でも、ついに卒業を迎えたんだよ!
すっごくうれしくってその過程なんてどうでも良くなった。
現金なもんだよね!夜のペンギン、もう手元に余り残ってないの。
良く、皆さんが買って下さったので・・・
かなり評判良かった歌集なので見つけ出して保存しといてね!
さよちん
2008/11/18 22:25
村さんへ2
村さんは教育者だから父子家庭・母子家庭の子供たちを沢山見てきたでしょうね。やっぱり何があっても親は離婚しちゃいけないわ。
今さら遅いけど・・・⊂((〃 ̄ー ̄〃))⊃ ふふふ・・・
さよちん
2008/11/18 22:26
さよちゃんこんばんわぁ〜(*^o^*)
目をうるませながら胸がジーン〜〜最後まで一気に読ませて
貰いました、涙で・・鼻をしゅんしゅんさせながら〜
さよちゃんも息子さんもずい分ご苦労なさったのですね 
応援して下さった先生、一番大切な時期にいい先生に見て
頂き良かったです、 つまずいて気が付き成長発展して
行く方が喜びが大きいです
さよちゃんの詩で親子の気持ちが伝わってきますね
苦労が大きい分だけ幸せも大きくなりますよ。
息子さんも立派になられてお子様までいて〜さよちゃん
今はお幸せですね、これからもずーとネ・・・祈ります、
息子さんの「詩」の朗読さすがさよちゃんのお子様です
お上手ですこの可愛い声が、今はパパさんですか(^^♪
ひまわり
2008/11/18 22:33
ひーちゃん、こんばんわ!コメントありがとぉ〜うれしいな!
今夜辺りからにわかに寒くなったようだけど大丈夫?
こんなに長い記事を読ませてごめんね。今は何も言うことないんだよ。
息子も娘もきちんとやってるし・・・息子のお嫁ちゃんもいい子だしね!
ケーキ作りがとっても上手なんだよ。でも結構母子家庭状態が多いの。
普段から単身赴任だしさ。日本に居ても。でももうすぐ帰ってくるらしいから本当に良かった!ひーちゃん、コメントありがとう。
さよちん
2008/11/18 22:40
さよちゃん!最後まで読んだよ。
登校拒否の事は前に聞いた事あったけど其れまでの道のりを知り今のさよちゃんがあるのだなと・・・シミジミ。
短歌が泣ける・・・でも泣いてなんかいられない
>親が死に物狂いにならなければ 同感です!
息子さんの朗読を聞いた途端なぜか涙が出ました。この記事を息子さんが読んだら怒るどころか喜ぶと思うわ。絶対に読んで欲しいなぁ息子さん!と知らないσ( ̄∇ ̄;)オバチャンがお節介を言う。
さよちゃん苦労した分、幸せが待っているのだと思う。
ガンバッテイキマ━p(●^▽^●)q━ショイ!!
木の葉
2008/11/19 16:02
最後まで読むの、大変だったでしょう。てげてげで良かったのに・・・
《《《《♪♪(*´▽`*)ノ゛うふふ〜分かる?てげてげって。
いい加減って言う意味だよ。宮崎弁。今日ははね、とってもおいしい和菓子「流鏑馬」を戴いて8Fの長友さんと食べたの。
しかもすっげえ〜おいしい緑茶と共に。長友さんも私も二つも食べた。
あ!私はその前にお味見したから3個やわ。⊂((〃 ̄ー ̄〃))⊃ ふふふ
さよちん
2008/11/19 16:39
何十日ぶりかで開いたページ。
感動の涙で読みました。ありがとう〜
何度読んでも感動ものの短歌!!素敵な息子さんのお話!

最後にかわいらしい、清純な声を聞かせていただいて
最高〜〜なんてきれいな声でしょう!
さよちん、最高の宝物ですね。幸せですね。
S子
2008/11/21 18:48
S子さん、こんなに沢山コメントしたらまた疲れちゃうじゃないか!
私も今日は疲れすぎて眠れないよぉ〜。
やっぱり宮崎はいいわぁ〜。気候は関東とそんなに変わんないけど、何となくいい。でも私ってすぐ飽きちゃうんだよねえ〜。えへへ・・・
さよちん
2008/11/22 01:38
コピーしてお送り下さったあの歌集「夜のペンギン」の裏にはそういう深いお話があったのですね。大体は想像していましたが想像以上の内容ですね。大切な歌集をありがとうございます。改めて御礼申し上げます。
今の状況から申しあげますと、育児は成功ですね。
貴女の心情が息子さんに伝わりましたからね。

このごろパソコンの調子はよくなりまた。
matsubara
URL
2008/12/04 12:15
matsubaraさん、お久し振りです。
今、宮崎に居ます。今日はこちら、雨が今にも降り出しそうな雲行き。
今夜から一時退院した姉の家に行って、泊まりがけで一緒に居てやろうと思ってます。パソコン、快調ですか?良かった!
宮崎に帰ってきてから早や、2週間が過ぎました。
もうそろそろ自宅に帰りたいとは思うけど、未だ姉のお世話を充分にしてないような気がして・・・頑張ります!
息子も無事アメリカから帰ってきて、出張休暇も終わり、改めて単身赴任先の本社勤務を始めたようです。私が帰ったら「焼き肉」をご馳走してくれるそうです。楽しみだわ。昨日はコメントありがとうございました。
さよちん
2008/12/05 10:11
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ReepleFug
2010/12/14 05:48

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人前では勿論・・・絶対泣かない私が泣いてしまった。。。話(T△T) きまぐれさよちんブログ   /BIGLOBEウェブリブログ
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